のんびり気まぐれ猫ブログ

教養を身につけたい、そんな年頃。

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私の腹は黒…くないと思う

ドラマを見てボロボロ泣きました

女王の教室。エピソード1というアレです。スター○ォーズみたいですね。いや、エピソード1とか言ってるところだけですけど。

天海祐希と同じところで泣きました。スゴイ、私、女優になれるかもしれません(誇大妄想です)

生瀬勝久の結婚前の彼氏っぷりがよかったです。チョット惚れそう(勝手にどうぞの世界ですね、もう)

純粋すぎて、人に厳しくなりすぎてしまう

それはわかるような気がします。というか、私がそうです。あ、純粋って自分でいうのも何ですけどね

自分の信念や価値観を曲げないのは別にいいのですが、まあ所詮はきれいごとで、特に他人とは相容れないこともあるわけです。そこを受け入れるだけの器量というか、寛容さがないように思います。

それで人に「ああしろ、こうしろ」というように強要することはありませんが(ある意味、一層性質が悪いのかもしれません)、内心どこか許せない自分がいます。そういう私は厳密に黒か白か分けたがるところがあるのでしょうが、世の中は知れば知るほど灰色です

だからと言って、世の中何も決めないわけにもいかないので、状況や場合によって柔軟に対応する必要があるのだなぁ、と頭ではわかっているのですが…感覚として許容できないんですよね。精神年齢はとても若いのです…あぁ、幼いというのか、私の場合は

それにしても、女王の教室、私は好きですね。今の教育風潮って、無菌室で赤ちゃんを育てる、みたいなもののような気がします。無菌室で育っている間はいいのですが、外に出ると抵抗力がないので、すぐに病気にかかったりあるいは死んだりしてしまいます

学校をどれだけ無菌室化しても、社会はそうはならないのですから、ギャップが大きい分だけ、負担が大きくなると思うんですよね。教育者としては、こどものためを思うなら、多少理不尽と思われるようなことでもした方がいいと思います。ただ理不尽なことではなくて。

理不尽か理不尽でないかの境界もまた微妙ですがね。ただその人の社会での実体験・実感に基づいたことなら、大抵の場合、社会に出たときに役に立つ(困らない)かなぁ、と。そういう意図・信念もなく、生徒と一緒に葬式ごっこやる教師とかっていうのは、ただの理不尽と考えてもいいのではないかと(言わずもがなですけどね)。

って、こんなことを考えて何らかの正解が得られるわけでもないんですけどね。得られないから、考える余地がいくらでもあるから、生きがいもあるんでしょう。幸せの定義がもし厳密にあったら、その定義に合わない人は生きるのが嫌になるでしょうし。同じ環境でも、価値観が違えば、幸せと感じるものも違ってきますし…

人生とは、その目的を追い続ける旅である

なんちゃって。陳腐な表現になってしまいました☆
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