のんびり気まぐれ猫ブログ

教養を身につけたい、そんな年頃。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

オチついてる、私?

自己承認欲求とは、多かれ少なかれ誰にでもあるものでしょうか。退廃的な生活を送っている私ですら、そのような欲求が少しはあるようです。

昔、他人のために奉仕しようと考える人は偉いと思っていました。私は何かをするのに自己満足でやっているような気しかしませんでしたので。でも、承認欲求という側面でみれば、偉い人も私も共通するものがあるかもしれません。そこだけでしょうが。

私はこれまでの人生で、「私は~という点で自分を誇れる」だとか「私は~という面では誰にも負けない」とかいうより、「自分はとにかく自分であって他人ではない」というスタンスで生きてきた気がします。

私は以前にも書いたかもしれませんが、小さい頃は本当に頼りなくて泣き虫で、困ると誰かに助けを求めて、自分の力で解決するなどということとは無縁の生活を送っていました。家族(特に親)が過去を振り返ると大体そのような話で、「お姉ちゃんはしっかりしていたのに、…」という言い方を、悪意からではなくとも、されたものです。

私がその後、「自分の人生設計は自分で描きたい」と強く思ってきたのは、この辺りに起因するのではないかと思われます。確固たる自分でいたい、自分の失敗(とも思えるもの)を誰かのせいにする弱さは要らない、と考えていました。まあ、その割には、たいして何も達成できてないようなのも事実ですが(汗)。とりあえず、誰かの敷いたレールの上を歩きたくありませんでした。

中学の頃、担任の先生が「君たちは何のために勉強するのですか?」と質問を投げかけてきました。その先生の用意した答えは「自分の未来の夢を叶えるため」。私はその答えに納得できませんでした。当時から刹那的に生きていたせいかもしれませんが、私は「勉強が楽しいから」自分は勉強しているんだと思っていました(当時)。

何で当時の勉強が楽しかったかと言えば、やはりやったらやっただけの成果が見込めて、その成果も客観的に評価され色々な人に褒めてもらえるというのが嬉しかったのでしょう。もっとも、中学受験前、小学4、5年ぐらいのときは勉強なんて嫌いでしたけどね。出来なかったものですから。

ちなみに、大学の勉強も成果は見えにくいので、そんなに好きじゃないように思います。たいした取り組みも出来ていないので、断言は出来ませんが…うぅ。

そういうわけで、確かに自分の将来の夢を叶えるためのステップとして受験勉強があるというのは否定はしませんが、勉強の目的という意味では「それだけじゃつまんないなー」と漠然と考えていたわけです。

それなりの(?)中学・高校生活を送り、大学進学という分岐点で、「そもそも大学に行く必要あるのかしら、自分」という疑問が起こりました。大学で何がしたいという目的があるでもなく行っても、学費の無駄だし、誰のためにもなってないし、高卒で働いた方が人の役に立てるのではないかと。でも、そこまでする勇気はなくて、結局大学に進学してしまいましたが。

大学を決めるときも、自分で「ここがいい!」というのはそんなにありませんでした。洋菓子が美味しそうだとか、農産物が美味しそうだという理由で大学を選びそうになっていたぐらいです。大学入学後、私が洋菓子が美味しそうだという理由で選んだ大学の志望理由が、母によって「やりたいことを研究している教授がいたから」と捏造されていたときにはビックリしました。

今の大学に入学してよかったことは勿論色々あります。環境的に整備されていることもそうですし、周りも頭のいい人・デキる人ばかりで退屈するということはありませんでした。肝心の頭脳は自分の努力不足で衰え以外の何も感じられませんが、視野は広げられたんじゃないかなぁ、と思います。

さて、そうやって漸く私も社会に出るときが来たのかな、というところなのですが。これでいいのだろうか、という思いがあります。

私が東京に出てこようと思った原動力は、確か今向いている方向とは別のところにあったのに、ただこのまま会社員になってしまっていいのかなぁ、と。やってみないと始まらないことは分かっているのに、一歩を踏み出す勇気がなくて、何もしないで終わってしまうのは、自分としては悔いが残ってしまうのではないかな、と当たり前のことを考えるのです。

私が会社員ならどういうことがしたいのかを明確に出来ないのも、実は自分の願望を捨てきれずにいて、「それが叶えられずに会社員になるんだったら、どれだって同じだ~」と考えてしまうからのように思います。当たって砕けてしまえばいいのかもしれません。要は諦めをつける、ということです。

このように文章にすると、口頭よりはまともな考えを述べられるのですが、でもやっぱり臆病で行動に移せない自分がいます。面倒くさがらず、根拠のない自信を持ってみるのも、私には必要なことかと思います。謙虚をとっくの昔に通り越して自虐的な私には。

と、今日の5限の講義と、その後の友人との夕食での会話を踏まえて書いてみたのでした。ツッコミどころ満載かもしれませんが、その場合、コメントを頂けると嬉しいです。あ、でも、あんまりキツく書くのはいけません。

自己承認欲求があるからです。
スポンサーサイト

人生 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<一生に一度のイベント(になるはず) | ホーム | 君に伝えたくて>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。