のんびり気まぐれ猫ブログ

教養を身につけたい、そんな年頃。

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大みそか―振り返り―

ついに。今年も最後の日になってしまいました。まったく部屋が片付きません。いえ、何でもかんでも捨ててしまえば楽になります。でも、やっぱり捨てられないものもあります。

大学入学後に購入した物理学とか生命科学資料集なんてものは、捨ててしまいたい気持ちでいっぱいです。あっても見ないし。でも、高いお金を出して買ったものなので、そこまでする潔さはありません。古本屋に売れればいいかもしれませんが、本の中に汚い字で書き込んだりしたので、タダ同然で売ることになるでしょう。

実生活の上で特に必要でないものでも、捨てるとなると躊躇われます。過去を引きずるのはよくないけれど、過去と決別してしまうのもどうなのか。そんなわけで、私は就職活動関係のものはほとんど捨てました…って論理的におかしいですね。

それにしても、自己分析シートやら適職診断やら、当時はかなり周囲の動きに振り回されていたんだなぁ、と思います。結局、私はそれらのものから導き出された職種や業種には就きませんし。

就職活動については、「人は人、自分は自分」というペースでは、考えられませんでした。人はどんどん就職先を決めていくのに、自分だけは決められない。したいことが定まらないし、どうしていいのか分からない。ただあるのは、「卒業して働かねば」という気持ちだけ。

世の中では、積極的に「○○したい!!」「××が目標!!」と明確に決められることが、よいことのように言われています。実際、私もそういうのは憧れであるし、そうやって決められたら、プレッシャーではあるけれど、余計なことは考えなくても済むので、その点では楽かなぁ、とも思います。

「△△しなければ」「□□すべきだから」なんて義務感だけじゃ楽しくないでしょ、とも言われます。でも、それは一概には言えない気がします。というのは、そういう気持ちは「●●したくない!!」という気持ちの裏返しだと思うからです。つまり、消極的な目標の持ち方…というのかな。でもって、その理由を突き詰めれば、「○○したい!!」というものが見えてくるのかと。

例えば、「働かねば」というのが「親に依存したくない」という理由だったとすれば、それは「自立したい」ということなのだと思います。そんな抽象的な漠然とした意志だけじゃ続かないよ、と言われるかもしれません。が、じゃあ明確な目標を持った若者は続くのかというと、思い描いていた仕事内容と実際とが違うということで、早期に離職してしまったりします。

というわけで、唐突にまとめるならば、どんな目標にしても成し遂げるには、辛抱強さや粘り強さが必要だということです。でもって、最短距離でまっしぐらに目標に向かうだけが人生ではないということです。名所を効率よく回るツアーだけが旅ではないのと同じように。

他人に自分の人生を定義されてたまるか。大切なのは自分の芯を揺らがせないこと。他人がそれを理解してくれるとは限らない。会う人会う人に否定されるかもしれない。でも、そんな大多数より、自分の感性や価値観を認めてくれた1人が、かけがえのない大切な人なのだと。

それが私から送ることのできるエールです。誰にって…自分に言い聞かせてるだけなのかもしれませんが(汗)。
就職には恋愛やお見合いといった喩えが使われますが、永久就職先は卒業前に決まらなさそうです。これから合同説明会に行ったり、面接に行ったりしなきゃならんのですかね。インターンは中途半端に終わってばっかりだし、アルバイトやら派遣で生きていくのは、長期間は厳しいですもんね~。正社員じゃなきゃやだっ!

最近、変な喩えを使いたい年頃のようで。
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