のんびり気まぐれ猫ブログ

教養を身につけたい、そんな年頃。

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私が書く理由

何の脈絡もなく話し始めますが、私は文章を書くのが好き、少なくとも苦ではありません。その理由について考えてみました。

恐らく小学生の頃の体験が大きいのではないかと思います。低学年の頃、自由課題で『あのね帳』というので、その日その日にあったことを自由に書くというものがありました。書き出しは「先生あのね」。

当時は「あのね」という語が、茜とか天音みたいな固有名詞と同じような感覚で自然に受け入れられました。でも今見ると、随分畏まった書き出しだと思います。大阪だったら、というか通っていた小学校の柄だったら、「先生あんなー」と書いていても、おかしくなさそうなものなのに。

まあ、『あんなー帳』じゃ格好がつかないでしょうね。

自由課題だったので、さぞかし大量の作文を書いていたのでは、と思いきや、課題というのが重荷だったのか、さぼりまくっていました。中には男の子で毎日のように書いてきている人もいました。健気だった彼とは高学年でもう1度同じクラスになったのですが、その頃には周りの悪童と変わらなくなっていました。そんなことを言う私も、担任の手には余る子でしたが…(汗)。

そんな低学年の頃のある日、学級通信で何気なく書いた家の手伝いの作文が大きく取り上げられたのです。洗濯物を干す様子が上手に描写されていたそうで。「擬態語や擬音語で上手く表現できてますね」というようなことを言われたのは覚えています。

今の私は書き言葉より話し言葉で擬態語や擬音語を使っているように思います。ただ話し言葉で濫用すると、アホっぽく思われるかもしれないので、気をつけましょう★

あと、昔読んだ『二十四の瞳』。この中で早苗(だったかな)という生徒が大石先生に手紙を書いてきたのですが、このとき大石先生が「この子、文章は達者なのよね。人前だとろくに喋れないのに。あれで教師志望なんだけど、大丈夫かしら」みたいなことを言います。

このとき、私はそんな早苗が妙に気に入って、「文章が書けるって素敵だな」と思いました。それからも向田邦子のエッセイなんかを読んで、「こういう風に書ければな~」と思いつつ、作文に取り組んでいました。

本が出せるほどではありませんが、自分なりに文章は書けるようになりました。が、早苗のろくに話せないところまで似てしまったようです(笑)。

以前、YouTubeか何かで小さい子が『ぼくはくま』を歌っていて、聴いていた研究室仲間の評判は上々でしたが、院生さんが「でも、息づかい(ブレス)が気になる」と言っていました。小さい子は完全に模倣したがるもので、息づかいもヒッキーをそっくり真似た結果なんじゃないかというのが、私の見解ですが。

なかなか上手にいいところだけ取り入れるって難しいようです。
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