のんびり気まぐれ猫ブログ

教養を身につけたい、そんな年頃。

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つまらないものですが…

この頃、日記を書こうとするエネルギーが、負であるような気がします。そんなに毎日毎日文章化できるほど楽しい出来事ばかりでないのはわかっていますが、それでも言わずにはいられないような。捌け口が他にないなんて、寂しい人みたい。

文章にしてしまった時点で、きっと取るに足らない事象なんだと思います。人が見れば、それは思い過ごしと判断されるかもしれないし、そんなことでうじうじ考え込むぐらいなら、止めてしまえばいいって言われるかもしれません。それともそういう事態を想像するのは、普段私がいかに思いやりを持っていないかということの証左なのかもしれない。

優しくありたいと思うのは、優しくないからなのでしょうか。どういう行動をすれば、人が喜ぶかということに思い至ることはできても、それが自分にとって自然な行為とは言い切れないとき、特にそれが身近な人の場合はどういう風に自分を捉えればいいのでしょう。

ぷつんと糸が切れてしまって、「私はこんなにやっているのに」と思ってしまったら、それは取り返しのつかない過ちのような気がします。相手が求めていなかったことまでやっているとすれば、そういう気持ちは自分の傲慢さでしかないように思います。かと言って、自分の意のままに何もしなければ、そういう自分の人間性を疑いかねません。どちらにしても、非は自分になってしまいます。

「それはないんじゃないの??」って人にも対立意見を述べられるような、自分なりの基準が明確になっていないせいでしょうか。物事は正しいか間違っているかでしかない、というわけはないように、自分の基準も客観的に正しいか間違っているかということでは、分けられない。けれど、私は分けようとして挫折して、そのこと自体に自分の誤りを感じているのかもしれません。

物事は疑い出したらきりがないことの実例を示してみました。
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