のんびり気まぐれ猫ブログ

教養を身につけたい、そんな年頃。

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善良な人たちに囲まれて幸せな私の話

クライマックスシリーズお疲れ様でしたー(*^_^*)日本ハムは西武に惜しくも負けてしまいましたが、片時も目を離せないかなりの好ゲームで、痺れましたね~☆ミ

と書きたいところですが、2日とも散々な試合で目も当てられませんでした…采配ミス、打線絶不調など敗因は色々あるでしょうが、心機一転して来シーズンに向けて調子を上げていってもらいたいところです。この2試合ではあまり出番がありませんでしたが、個人的には杉谷選手(野手)が1軍で活躍してくれるようになるといいなと思っています。ひょうきんで憎めない感じの選手って貴重だし、なかなかの身体能力もあるように見えるので。素人目ですが。

感情的になりついでに、今日はグダグダと作文します。
でも、しゃかいじんはいそがしいからけつろんをさきにいえ、とむかしえらいひとがいっていたので、けつろんをさきにいいます。

結論:スタンフォード大学にもアホはいる。

以下はある記事についての雑感です。

☆反原発に殉ず(アイリーン・美緒子・スミス、文藝春秋十月特別号より)☆

著者は脱原発を目指すNGO団体「グリーン・アクション」代表。スタンフォード大学卒業?、コロンビア大学で環境科学を学び、修士を取得。公害・水俣病の実態を記録し、後に写真集を出版。水俣を離れてからは、スリーマイル島原発事故をきっかけに、環境問題を積極的に取材し、反原発運動を行うようになった。

題名からして著者がいわゆる“左翼”っぽい感じの人だったので読み飛ばそうかと思ったが、自分が賛同できないものを最初から排除するのもよろしくないかと思い直し、読んでみた。感想を一言で言うと、
読まなきゃよかった。
まず文章全体から滲みでてくる、「私は正義」という雰囲気が私にはダメ。NGO、NPO関係の人はそう思ってる人が多いような気もするけど。一方の道理を守りたいがために無理を通して、他の道理を犠牲にしても平気な感じ、というのかな。彼らが主張するほどに単純なことなら、もっと世界は平和に運営できていますよ。逆にそういう単純な信奉の構造が、宗教戦争なんかを起こしていると思うのだがね。

福島原発で事故が起こる前から、電力会社の株主になって株主総会で原発の危険性を訴えたり、反原発運動に30年以上係わってきたが、電力会社も政府も司法もマスコミも私たちの話に聞く耳を持たなかった…というところまでは、まあいいと思う。お疲れ様。

原発によってエネルギーを享受する人がいる一方、現場や地域の人にさらに大きな犠牲を強いる、という構図も否定はしない。さらに言うと、筆者も自分がNGO活動をするためのエネルギーを享受する一方で、多かれ少なかれ誰かには犠牲を強いていることを自覚しているのかな?一応、このNGOの事務所?には『エアコンはなく、夏は扇風機、冬は重ね着をしてしのいで』いて、常駐スタッフには安い報酬で激務をこなしてもらっているんだそうだ。スタッフを犠牲にすることはいいんだね。つまり、大企業も国もスタッフを犠牲にすれば原発もなくなり、みんな幸せになるわけだ。頭いいね。

筆者はスタンフォード大学でベトナム反戦運動にも参加。その理由。『「アメリカはベトナムから撤退せよ!アメリカの政策は間違っている」などと、公然と世の中の矛盾を指摘し、政府の政策を批判しているのには胸のすく思いが』したから。世の中の矛盾の指摘がそんなに偉いのか。戦争とはその矛盾を理解した上で、自国にとってどうすれば1番利益になるかを考えて行動した結果と思う。それが無名の誰かを死なせる可能性はあるにしても、国としては利益を最大限に被害を最小限にしたいはず。1人の命が重い、というのは私とあなた、あなたと彼といった個人的な関係においてであって、国にとっての1人の命は残念だがそれほど重くない。大企業で1人の従業員がいなくなっても、会社は人員補充するなり何なりで回っていくのと同じ。

戦争に関しては、結果論で語りたがる人が多すぎる。前に、何故日本は戦争に突き進んだのか、というテーマで番組をやっていたが、「トップが戦争を決断したのは間違いだった。戦争を決断しなければあれほどの犠牲を出さずに済んだ。結局この時代もトップがしっかりしていない」という一般人の論調にはうんざりした。こういった論調の人が世界大戦前に生きていたら、きっと「戦争に突入すべきだ!」と言っていたように思う。もしくは、世界大戦で日本が勝っていたら、戦争を正当化していたと思う。結局このタイプの人はどんな時代に生まれていても、信奉の対象が独裁者かマスコミか日教組に変わるだけで、大きな流れに飲まれることに変わりはない。「今の男は草食系だから戦争はしないと思う」とかふざけた意見もあったけど、戦争するかしないかの瀬戸際になったとき、草食系はアメリカやら中国やらにずるずる引きずり込まれて、後悔しか残らない戦争をしそうだがね。草食系(厳密な定義はわからない)に、戦争をしないなんていう大きな決断はできないのでは。

筆者によれば、水俣病と原発事故の構図は同じだそうだ。端的に言うと、『みんなが幸せになるのではなく、力がある企業や国が、利益を優先し、そのしわ寄せを善良な住民や市民が、二重三重の苦しみとして受ける』という点で。企業や国が利益を優先していないとは言わないけど。住民や市民を常に“善良”と形容するのはいかがなものか。力がある企業や国以外の、例えば悪徳業者や悪質なクレーマーも“善良”なのか。それは極論だと言われるかもしれないけど、個人が利益を優先していないと断言できるのはどうしてなんだろうね。

みんなが幸せになる、というのも自分がそこそこ幸せな立場にいるから言える綺麗事。貧困や病気で苦しんでいる人を憐れむことのできる自分に酔っているだけ。だからって、貧困や病気を味わってからそういうことを言えとは言わない。本当に親身に真剣に彼らのことを考えたら、そもそもそんな言葉を吐けないと私は考えるからだ。

そして筆者が言うには、水俣で虐げられた人たちを徹底的に見ると、チッソという企業や、日本という国の本質が見えてきたそうだ。この本質というのが具体的に何なのかは示されていない。文脈から判断すると、利益優先ということだと思う。しかし、最後の方で『日本は、やる気になれば、目標をきちんと決めて実行できる国』だと思っていると告白している。日本という国の本質が最悪なのに、やる気になればできるってどういうこと?前者の日本は“政府”で、後者の日本は“善良な国民”と読みかえればよいのかな?こんな曖昧な文章を書いているようじゃ、せっかくの主張も台無しだね。

長々書いたけど、頭の中身がいささか残念でも学歴を利用して売名することで仕事を得ているのは賢いな、と思う(本人は信念の人かもしれないけど)。私も変に優等生ぶらないで自分の身の丈を知ることができていれば、もっと賢く世渡りできていたかなと思わないでもない。その点で私は頭がよくない。
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